賛美歌の女王ファニー・クロスビー 盲目の詩人が遺した、驚くべき6つの真実①

ファニー・クロスビー(Fanny Crosby, 1820–1915)は、19世紀アメリカの「福音賛美(ゴスペル・ソング)」の世界で、特別な存在でした。

盲目というハンディキャップを負いながら、数えきれないほどの歌詞を書き、多くの人の信仰を支え、慰め、立ち上がらせました。

でも彼女の人生は、単に「努力で成功した人」ではありません。

むしろ、制約がある人生のただ中で、神がどんな光をともされるのかを、私たちに見せてくれる物語です。

ここから、6つのトピックで彼女の生涯をたどりながら、そこに込められた信仰のメッセージも一緒に受け取ってみましょう。

1. 失われた視力、しかし失われなかった“召し”

— 暗闇から始まった物語

ファニーは生後間もない頃に視力を失った、と伝えられています。

医療が今ほど発達していなかった時代です。治療の過程で状態が悪化した、という話も残っています。

ここで想像してみてください。

19世紀のアメリカ。電気も今ほど普及していない。福祉制度も弱い。盲目の子どもは、教育や仕事の機会が限られがち。

つまり当時の感覚では、「目が見えない」というだけで、社会から“可能性を閉ざされる”ことが起こりやすい時代でした。

それでも、ファニーの人生が絶望の記録にならなかったのは、彼女の中に早くから次の確信が芽生えたからだと思います。

  • 神は間違えない
  • 私の人生には意味がある
  • 私は“欠けた存在”ではなく、神の御手の中にある存在だ

彼女には、盲目を嘆くのではなく、むしろ「これは神の導きの中にあった」と受け止める言葉が伝えられています。

「もし完璧な視力を明日与えると言われても、私は拒むでしょう。

この不自由こそが、私を神の仕事へと奉献させたのですから。」

この言葉が強いのは、現実が軽かったからではありません。

現実は厳しい。でもそこで彼女は、**“私は不運の被害者ではない。神の物語の中にいる”**という見方に立った。

私たちも、「なぜ自分だけ」「どうしてこの痛みが」と思う時があります。

その問いに、すぐ答えが出ないことも多い。

でもファニーは、答えが出ない時間を、“神に見捨てられた証拠”ではなく、神に導かれていくプロセスとして生きた人でした。

明日は、日曜礼拝です。教会に聖書の話を聞き、讃美歌を歌いにきて、神様の光を求めにきませんか?

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