8月の集会予定

8月の岩槻福音自由教会の集会予定をお知らせします。
はじめての方も、ご家族・お友だちとお誘い合わせのうえ、お気軽にお越しください。

📅 8月の集会一覧

8月2日(日) 日曜礼拝 10:30〜(マタイ24:3-14「終末の前兆 ― 産みの苦しみ」)
8月5日(水) 祈り会 10:30 / 19:15(創世記2:4-17「エデンの園・命の木・最初の戒め」)
8月9日(日) 日曜礼拝 10:30〜(マタイ24:15-28「読者よ、悟れ」)
8月12日(水) 祈り会 10:30 / 19:15(創世記2:18-25「ふさわしい助け手・男と女・一体となる」)
8月16日(日) 種まき礼拝 10:30〜(伝道者の書1:12-2:26)
8月19日(水) 祈り会 10:30 / 19:15(創世記3:1-7「蛇の問い・誘惑の構造・堕落の場面」)
8月23日(日) 日曜礼拝 10:30〜(代務・伊藤師夏期休暇)
8月26日(水) 証会(毎月最後の水曜祈り会) 10:30 / 19:15
8月30日(日) 日曜礼拝 10:30〜(マタイ24:29-35「人の子の来臨」)

各集会のご案内

日曜礼拝(毎週日曜 10:30〜11:45)
賛美・聖書朗読・説教・お祈りのひとときです。教会学校(こども向け)は9:00から始まります。

水曜祈り会(毎週水曜 10:30 / 19:15)
現在は創世記の連続講解を行っています。聖書を一節ずつ丁寧に読み、ともに祈ります。毎月最後の水曜は「証会(あかしかい)」として、信徒のあかしを分かち合うひとときとしています。

婦人バイブルクラス
8月は休みです。9月より再開します。

種まき礼拝(月1回・日曜礼拝)
キリスト教にはじめてふれる方を対象にした入門メッセージです。7月から新シリーズ「伝道者の書(コヘレト)」が始まっています。「日の下のすべては空」――この古代の問いから、現代を生きる私たちの「人生に意味はあるのか」へとつなげていきます。

はじめての方へ

キリスト教や聖書について何もご存じなくて大丈夫です。
聖書や讃美歌はこちらでご用意します。服装も普段着で構いません。

オンラインでも、いつでもご覧いただけます

礼拝の様子や過去の説教は YouTube で配信しています。教会の日常は Instagram でもお伝えしています。お気軽にフォロー・ご視聴ください。

YouTube:岩槻福音自由教会 公式チャンネル
📷 Instagram:@iwatsuki_efc


岩槻福音自由教会
〒339-0067 さいたま市岩槻区西町3-5-27
☎ 048-758-6164
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ひとりぼっちは、もう終わっていい|友と呼ばれて④

連載「友と呼ばれて」最終回 ―― ルカ19章8〜10節「今日、救いがこの家に来た」

「ザアカイ、急いで降りて来なさい」。―― この「降りて来なさい」には、思いがけない奥行きがあります。

ザアカイは、ずっと「上へ、上へ」と登る生き方をしてきました。お金で、地位で、自分の価値を自分で証明しようとして。救いさえも、木によじ登ってでも、自分の手でつかもうとして。気づかぬうちに彼は、「自分で自分を救う」という、小さな神の座に、登っていたのです。

その彼に、イエスは言われました。降りて来なさい、と。もう、あなたが必死でつかもうとしていたものは、最初から、あなたのものになっているのだから、と。

イエスがザアカイの家に入ると、群衆はつぶやきました。「あの人は罪人のところに行って客になった」。聖書は「人々はみな」と書きます。―― この「みな」の中に、自分はいない、と言い切れる人が、いるでしょうか。「どうして、あの人が」。ふさわしくないと思える誰かに恵みが及ぶとき、私たちの心にも、同じつぶやきが生まれないでしょうか。

けれどイエスは、つぶやきに動じず、ザアカイの食卓に着かれました。当時、食卓を共にすることは、家族になるほどの深い意味をもっていました。イエスは、罪人の友と呼ばれることを、恥としなかったのです。

すると、ザアカイの方が、立ち上がってこう言いました。「私は財産の半分を貧しい人たちに施します。だれかから脅し取った物があれば、四倍にして返します。」

あれほど握りしめていた富を、なぜ手放せたのでしょう。―― もう、富で自分を守る必要が、なくなったからです。本当の友を得た、と知ったから。ひとりぼっちが、終わったから。

イエスは、最後にこう宣言されました。「今日、救いがこの家に来ました。……人の子は、失われた者を捜して救うために来たのです。」

救いとは、結局、イエスご自身でした。救いそのものであるお方が、孤独な男の家に、自分から訪ねて来てくださった。

だから、最後にお伝えしたいのです。神の友情は、もう、あなたに差し出されています。受け取るに値する自分になろうと、もがかなくていい。ただ、受け取るだけ。それが、福音です。

イエスは今日も、あなたを見上げ、あなたの名前を呼んでおられます。「急いで降りて来なさい。今日、わたしは、あなたの家に泊まることにしている。」

もし、この友情について、もっと知りたい、誰かと静かに話してみたいと思われたら ―― 岩槻福音自由教会では、月に一度、「キリストの友」と題して、聖書が語る“友”を礼拝でご一緒に開いています。今日のザアカイのお話も、その一回で分かち合ったもので、教会のYouTubeチャンネルでもご覧いただけます。次回の日程は、教会ホームページの集会案内でご覧いただけます。日曜の礼拝にも、平日のバイブルカフェにも、どうぞ気軽にお越しください。あなたのひとりぼっちは、もう終わっていいのです。


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あなたが探していたのは|創世記をひらく⑫

連載「創世記をひらく」最終回 ―― 創世記1章27節/コロサイ1章15節

ここまで、長い道を、ご一緒に歩いてきました。揺れない方がおられること。闇の中に、もう神がいたこと。あなたが「神のかたち」に、弱さと尊さをあわせもつ者として造られたこと。そして、あなたに最初に貼られたのは「非常に良い」という、神の声だったこと。

それでも、いちばん最初の渇きが、まだ残っています。―― 私たちが似せて造られた、その方は、いったいどこにいるのか。本当の自分には、どうすればたどり着けるのか。

聖書は、一人の方を指さします。

「御子は、見えない神のかたちであり……」

目に見えない神を、目に見えるかたちで、まるごと映し出した方。それが、イエス・キリストだ、と。だから聖書は言うのです。あなたがずっと探していた「本当の人間の姿」は、この方の中にある、と。

ある人は、長いあいだ理想を求めてさまよい、自分を許せない日々を送ったすえに、こう祈りました。「あなたは、わたしたちを、ご自分に向けて造られました。ですから、わたしたちの心は、あなたのうちに憩うまで、安らげないのです」。―― 私たちの渇きは、欠陥ではなく、造り主からの招待状だったのです。

そして、最後に、もっとも大切なことを。

私たちが神を探すよりも、ずっと前から、神のほうが、あなたを探しておられた。弱い「ちり」のあなたを、見捨てるためではなく、抱きしめるために。イエスは、そのために来て、あなたの弱さも、まちがいも、すべて背負って、十字架で死なれました。

そのイエスが、今日も、こう招いておられます。

「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」

自分の価値を証明しようと、走り疲れた人へ。貼られたシールに、しばられている人へ。―― あなたの「自分探し」は、ここで、終わることができます。

もし、この続きを、誰かと静かに話してみたいと思われたら ―― 岩槻福音自由教会の戸は、いつでも開いています。日曜の礼拝にも、平日のバイブルカフェにも、どうぞ気軽にお越しください。あなたは、はじめから、神に「非常に良い」と言われている、大切な一人なのですから。


オンラインでも、いつでもご覧いただけます

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7月29日(水)は証会(あかしかい)です。

7月29日(水)の祈り会は 証会(あかしかい) です。
毎月最後の水曜祈り会は、聖書からのメッセージではなく、信徒の方々の「あかし」を聞き合うひとときとしています。

日時:2026年7月29日(水)
 昼の部 10時30分〜
 夜の部 19時15分〜
形式:証会(あかしかい)

証会(あかしかい)とは

「あかし」とは、信仰の中で経験した神様の働き ―― 助け、導き、慰め、励まし、答えられた祈り、人生の出来事の中で感じたみ手 ―― を、自分のことばで語り、聞き合うことです。

毎月最後の水曜祈り会は、説教ではなく、こうした一人ひとりの生きた信仰の経験を分かち合い、ともに感謝と祈りをささげる時としています。

はじめての方へ

はじめての方は、ただ聞きに来ていただくだけで構いません。話すことを求められることはありませんので、安心してお越しください。
聖書はこちらでご用意します。

信徒の生きたあかしを聞くことは、聖書のメッセージを通してとは少し違ったかたちで、信仰の姿が伝わってくる時間です。どなたでも歓迎します。

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下から、あなたを見上げる人|友と呼ばれて③

連載「友と呼ばれて」第3回 ―― ルカ19章5節「今日、あなたの家に」

木の上から、人混みの向こうのイエスを、ザアカイは見つめていました。ただ、遠くから一目見られれば。彼が望んでいたのは、その程度のことだったでしょう。

ところが、です。

「イエスはその場所に来ると、上を見上げて彼に言われた。『ザアカイ、急いで降りて来なさい。わたしは今日、あなたの家に泊まることにしているから。』」

群衆の中で、誰からも見下されていた人を、神の御子が、下から、見上げられた。これは、静かですが、世界がひっくり返るような場面です。

しかも、イエスは彼の名前を呼びました。「ザアカイ」。町の人は、彼を「取税人」「金持ち」という、立場や持ち物で見ていました。でもイエスは、そうは見ない。彼を、一人の人間として、いや、もう「友」として、名前で呼ばれたのです。

ここでイエスが言った「今日」という言葉も、ただの今日ではありません。聖書の中で、イエスが「今日」と言うのは、いつも特別な場面ばかりです。救い主の誕生の夜に。約束が成就した日に。十字架の上で、隣の罪人に「今日、あなたはわたしとともにパラダイスにいます」と語ったときに。―― 救いは、「いつか」ではないのです。「もう少し立派になったら」でも、「自分を整えてから」でもない。今日、なのです。

そして「泊まることにしているから」。この言葉は、原語では「~ねばならない」という、強い決意を表す言葉です。イエスがご自分の十字架を語るときに使うのと、同じ言葉。つまりイエスにとって、ザアカイの家へ行くことは、十字架と同じ重さをもった、揺るがない救いの計画だった、ということです。

ザアカイは、自分でイエスを見つけた、つもりでいました。でも、本当は違いました。ザアカイがイエスを見上げるよりも、ずっと前から――イエスの方が、ザアカイを、捜しておられたのです。

あなたが神を探すより先に、神があなたを探している。これが、福音の入り口です。では、見つけられたザアカイは、どう変わったのか。いよいよ最終回で。

※この連載「友と呼ばれて」は、岩槻福音自由教会が月に一度ひらいている礼拝「キリストの友」をもとにした伝道エッセイです。もとになった説教は、教会のYouTubeチャンネルでもご覧いただけます。次回の礼拝の日程は、教会ホームページの集会案内でご覧いただけます。はじめての方も、どうぞお気軽に。


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7月26日(日)は日曜礼拝です。

7月26日(日)は日曜礼拝です。
はじめての方も、ひさしぶりの方も、どうぞお気軽にお越しください。

日時:2026年7月26日(日)10時30分〜11時45分
メッセージ:「出ていった、インマヌエル」
聖書箇所:マタイの福音書 23章34節〜24章2節
説教者:伊藤太郎牧師

今回の聖書箇所について

先週の「わざわいなるかな」の言葉が頂点まで上り詰めた直後、イエスの声色が突然変わります。厳しい糾弾の言葉のうしろから、嘆きと涙の声が聞こえてくるのです。

「ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者よ。わたしは、めんどりがひなを翼の下に集めるように、何度あなたの子らを集めようとしたことか。それなのに、あなたがたは応じようとしなかった。」(マタイ23:37)

これは怒れる審判者の声ではありません。
ひなを呼ぶめんどりが、嵐の前に翼を広げて、けれども子は寄ってこない――そのときの母鳥の声です。
聖書はここで、人の頑なさにぶつかったとき、神の側に生まれているものが「裁き」ではなく 「嘆き」 であることを、私たちにそっと教えます。

そして場面は、神殿を出ていく一行と、誇らしげに神殿の石を指さす弟子たちへと続きます。やがてイエスは、その壮麗な石組みもひとつ残らず崩される日が来ると静かに告げられます。
私たちが拠り頼んでいる「ゆるがないように見えるもの」と、本当にゆるがないものは何か。
今週の礼拝で、ご一緒に主の嘆きの声に耳を傾けたいと思います。

はじめての方へ

キリスト教や聖書について何も知らなくても大丈夫です。
聖書や讃美歌は、こちらでご用意します。服装も普段着で構いません。
礼拝は1時間ほどで、賛美(歌)・聖書朗読・説教・お祈りで構成されています。

教会学校(こども向けの集まり)は9時00分から、日曜礼拝は10時30分から始まります。
ご家族・お子さん連れでもお越しいただけます。

オンラインでも、いつでもご覧いただけます

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貼られたシールを、はがす|創世記をひらく⑪

連載「創世記をひらく」第11回 ―― 創世記1章31節「非常に良かった」

『大切なキミ』という絵本があります。木でできた小人たちが暮らす、村の話です。小人たちは毎日、おたがいにシールを貼り合っていました。すてきな人、上手にできた人には、金色の星のシール。失敗した人、見ためのさえない人には、灰色のダメじるし。

パンチネロという小人は、いつも灰色のシールばかり貼られて、うつむいていました。ある日、彼は、自分を造った木彫り職人エリのところを訪ねます。エリは言います。「わたしは、おまえを、はじめから大切に思っているよ」。すると不思議なことに、彼に貼られていたシールが、ぽろり、ぽろりと、はがれ落ちていったのです。

私たちの社会も、どこか、このシールの村に似ています。できるかどうか、役に立つかどうかで、人は人に――そして自分に――値札を貼ります。

カフカという作家の『変身』という小説では、ある朝、主人公が虫の姿になってしまいます。働けなくなった彼を、家族はやがて「あれ」と呼び、人として扱わなくなる。価値を失ったとたん、人が「不要なもの」に格下げされてしまう――その怖さを、この物語は描いています。だからこそ、多くの人が、心のどこかで息苦しさを感じながら生きています。「良い親でなければ」「誰かの役に立たなければ」。貼られたシールに、しばられて。

けれど、聖書は、まったく別のことを告げます。世界を造り終えた神は、人を含むすべてを見て、こう言われました。

「見よ、それは非常に良かった。」

あなたという存在に、神が最初に貼った「シール」は、これでした。良い成績でも、役に立つかどうかでもなく、ただ「非常に良い」。あなたを造った方が、はじめから、あなたを大切に思っている。

その声を聞くとき、後から人に貼られたシールは、ひとつ、またひとつと、はがれていきます。では、その「いちばん最初の声」は、今、どこで聞けるのでしょうか。いよいよ最終回で。


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7月22日(水)は祈り会です。

7月22日(水)は祈り会です。
聖書をともに開き、ともに祈るひとときです。どなたでもお越しください。

日時:2026年7月22日(水)
 昼の部 10時30分〜
 夜の部 19時15分〜
聖書箇所:創世記 2章1〜3節
メッセージ:「神は完成し、休まれる方」(第7日)
担当:伊藤太郎牧師

祈り会について

水曜祈り会では、現在 創世記の連続講解 を行っています。天地創造の最初の一節から、聖書を一節ずつ丁寧に読み進め、そこから祈りへと続いていきます。

毎週同じ場所からの続きですが、その回ごとに完結したメッセージになっていますので、はじめて来られる方もご安心ください。聖書はこちらでご用意します。

今回のポイント

創世記2章の最初の三節は、しばしば読み飛ばされる短い段落です。けれど聖書全体のなかで、この三節がもつ重みは決して小さくありません。
神は 「完成し」「休み」「祝福し」「聖別された」。創造の頂点は、新しい何かを造ることではなく、働きをやめて静まること でした。

「神が休まれた」というのは、疲れて休息したという意味ではありません。むしろ「これでよい。すべてが整った」と腰を下ろされたのです。
そしてその日が、被造物全体のなかで初めて「聖別された」――特別な日として取り分けられました。

時間にもまた、神のリズムがあります。
立ち止まること、手を止めること、神の前にただ静まること――それは怠惰ではなく、人間が「神のかたち」として生きるための、神ご自身からの招きです。
やがてこの安息は、出エジプト記の十戒、ヘブル書、そしてイエスご自身の「わたしのもとに来なさい」(マタイ11:28)へとつながっていきます。

「休んでよい」と神に言っていただける日常を、私たちは持っているでしょうか。
今週、神の安息にあずかる招きを、ご一緒に味わいたいと思います。

はじめての方へ

祈り会は1時間30分ほどです。聖書を声を合わせて読み、聖書から短いお話を聞き、参加者で祈りを分かち合います。
はじめての方は、お祈りを順番に求められることはありません。安心してご参加ください。

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いい大人が、木に登った|友と呼ばれて②

連載「友と呼ばれて」第2回 ―― ルカ19章1〜4節「ザアカイ」

前回、人は「ひとりでいるのは良くない」存在として造られた、という話をしました。今回は、その「ひとりぼっち」を、誰よりも深く生きていた一人の男に会いに行きます。名前を、ザアカイといいます。

聖書はこう紹介します。「ザアカイという名の人がいた。彼は取税人のかしらで、金持ちであった。」

取税人とは、占領していたローマ帝国に雇われて、同胞から税金を取り立てる人のこと。当時のユダヤ社会では、裏切り者の代表でした。しかもザアカイは、その元締め。町じゅうから嫌われていました。

彼は、なぜ取税人になったのでしょう。聖書は語りませんが、想像はできます。お金があれば、誰にも見下されない。地位があれば、後ろ盾になる。―― きっと彼は、お金で「自分の価値を認めさせたかった」のです。けれど結果は、逆でした。富は増えても、人は離れ、彼はますます孤独になった。「こんなつもりじゃなかったのにな」。そんな寂しさを、彼はどこかに抱えていたはずです。

ある日、ザアカイは、イエスという方が町を通る、という噂を聞きます。どういうわけか、彼は思いました。「会ってみたい」。よくは知らない。でも、この方なら、自分に何か新しい光をくれるかもしれない、と。

ところが、通りには人だかり。聖書はここで、小さな、しかし切ない一言を残します。「背が低かったので、群衆のために見ることができなかった。」

この「群衆のために」は、原語ではただ視界がさえぎられた、という意味ではありません。「群衆の“ゆえに”」――つまり、人々が意図的に、彼を前に行かせなかった、ということなのです。「お前は仲間じゃない」。「仲間」という美しい言葉で、人は時に、こんなにも冷たい線を引きます。

それでもザアカイは、あきらめませんでした。先回りして、木に登ったのです。立場ある大人の男が、子どものように木によじ登る。当時、これは相当に恥ずかしい行為でした。それでも彼は、登った。―― お金でも地位でも満たせなかった渇きが、彼を、そうさせたのです。

木の上の彼に、このあと何が起きたか。次回、ご一緒に。

※この連載「友と呼ばれて」は、岩槻福音自由教会が月に一度ひらいている礼拝「キリストの友」をもとにした伝道エッセイです。もとになった説教は、教会のYouTubeチャンネルでもご覧いただけます。次回の礼拝の日程は、教会ホームページの集会案内でご覧いただけます。はじめての方も、どうぞお気軽に。


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7月19日(日)は種まき礼拝です。

7月19日(日)は 種まき礼拝 です。
キリスト教にはじめてふれる方、聖書ってどんな本だろうと思っている方、ご家族・お友だちにも、ぜひお声かけください。

日時:2026年7月19日(日)10時30分〜11時45分
メッセージ:「空の空 ― 朝になれば消える人生に意味はあるのか」
聖書箇所:伝道者の書 1章1〜11節
説教者:伊藤太郎牧師

「種まき礼拝」とは

月に1回、キリスト教にはじめてふれる方を中心にお話しする、入門メッセージの礼拝です。
聖書や教会の用語に慣れていない方でも、わかりやすく、生活の中に響くかたちで福音をお伝えしています。

今回からは新シリーズ ―― 旧約聖書「伝道者の書」(コヘレト)を、月1ペースで読み進めていきます。ここまでは「初めて聖書を開く人のための12ステップ」を土台にしてきましたが、次の入り口として、聖書のなかでもとりわけ「現代を生きる私たち」に直接届くこの一書を選びました。

今回のテーマ ―― 「空の空、すべては空」

空の空。空の空。すべては空。
三千年近く前に書かれたこの一行に、ふと足を止める方は少なくないと思います。
毎日、ちゃんと働いて、家事をして、家族のために動いて、けれども一日の終わりに、ふと「これは何のためだったのだろう」と思うことがある。
古代の知者は、まさにその感覚から書き始めました。

「日の下で」――つまり、神を勘定に入れずに生きるとき、人生はどこまで意味を持ちうるのか。
伝道者の書は、安易な慰めも、空っぽの楽観も与えません。それゆえに、現代を生きる私たちの心にむしろまっすぐ届いてくる本でもあります。

そしてこの本は、最終的に 「日の下」だけを見ていては届かない場所 を指し示します。
私たちの空しさは、人生の欠陥ではなく、別の場所への招きかもしれない。新シリーズの第1回、その入口をご一緒に開きたいと思います。

はじめての方へ

聖書も讃美歌も、こちらでご用意します。服装も普段着で構いません。
礼拝は1時間ほどです。お子さん連れの方も大歓迎です。

教会学校(こども向けの集まり)は9時00分から、日曜礼拝は10時30分から始まります。

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