
3月15日の日曜日の礼拝は種まき礼拝です。種まき礼拝ではキリスト教入門のメッセージが語られます。教会の雰囲気を体験してみたい方、聖書の教えにちょっとでも興味がある方、どなたでも歓迎します。聖書や讃美歌には備えつけのものがあります。お気軽においでください。

すべて 疲れた人 重荷を負っている人の よりどころ

3月15日の日曜日の礼拝は種まき礼拝です。種まき礼拝ではキリスト教入門のメッセージが語られます。教会の雰囲気を体験してみたい方、聖書の教えにちょっとでも興味がある方、どなたでも歓迎します。聖書や讃美歌には備えつけのものがあります。お気軽においでください。

— 賛美だけではない「歌の力」を信じた
ファニーは賛美歌だけでなく、当時の大衆音楽や舞台作品にも関わったと言われます。
ここは日本の読者にとって面白いポイントです。
19世紀アメリカは、いわば「楽譜が売れる時代」でした。
レコードが普及する前、人々は家庭でピアノを弾き、歌い、楽譜を買って楽しんでいました。
今で言えば、家庭が“ミニ音楽ホール”のような場所だったわけです。
その中で、宗教曲・賛美だけでなく、世俗的な歌も作り、広く歌われた――という話があります。
ここから見えてくるのは、彼女が「歌」を単なる芸術ではなく、心を支える器だと理解していたことです。
だから彼女は、言葉を作り続けた。
これは「伝道」や「牧会」にも通じます。
説教が論理だけでは届かない時、人の心を動かすのは、しばしば“詩”であり“歌”であり“証し”です。

— 信仰が「教会の外」に出ていった
ファニーには、盲人教育の重要性を訴えた活動家としての側面も語られます。
当時、盲人学校(Blind school)は、今よりずっと社会的意味の大きい施設でした。
なぜなら、学校は単に勉強するだけでなく――
その全部を支える場だったからです。
ファニー自身も、盲学校で学び、後に教える側に回った時期があったと言われます。
そして彼女は、「盲人教育が全国に広がること」を願い、政治家たちに訴えた――という逸話も残っています。彼女はアメリカ合衆国上院で自作の詩を朗読した最初の女性として、歴史の表舞台に立ちました。
ここで注目したいのは、彼女が「宗教家として内向きに生きた」のではなく、社会の仕組みにも目を向けた点です。
信仰は、個人の心の慰めで終わりません。
神は、礼拝の中で私たちを整え、世界の痛みのただ中へ遣わされます。
そこに神のあわれみが流れ込むことを、彼女は願いました。

— 名声ではなく「届くこと」を選んだ
ファニーは、生涯で8,000曲以上(あるいはそれ以上)賛美歌を書いた、とよく紹介されます。
数字は資料によって幅がありますが、確かなのは「尋常ではない量を書いた」ということです。
当時のアメリカでは、「福音賛美(ゴスペル・ソング)」が大きく広がりました。
教会の礼拝だけでなく、リバイバル集会(伝道集会)、キャンプ・ミーティング、都市伝道、日曜学校などで、覚えやすい歌が人々の信仰を支えた時代です。
つまり、歌は“オプション”ではなく、信仰の普及と励ましの中心的な手段でした。
その需要の中で、ファニーの言葉は次々に生まれた。
しかし、あまりに彼女の作品が多すぎて、賛美歌集の著者欄が「Fanny Crosby」で埋め尽くされてしまう…というちょっとした苦情が出てきた、事がありました。
そこで彼女は多数のペンネーム(偽名)を使った――というのが有名な話です。
彼女が使用したとされる主な偽名の数々:
ここに、彼女の「姿勢」が見えます。
これは、神の奉仕者にとって、あるいは人にとって、本当に大切な順序です。
私たちはつい「評価」「結果」「承認」に引っ張られます。
けれど神の国では、しばしば“見えない忠実”が大きな実を結ぶと言われます。
彼女の多作は、才能の誇示ではなく、与えられた賜物を“尽くす”生き方だったのだと思います。

— 視覚を失った少女に、言葉が世界を作った
ファニーの人生でとても重要な存在として語られるのが、祖母ユニスです。
ファニーが視力を失って、ほどなくして家族にさらなる試練がおそいました。ファニーの父が若くして天に召されたのです。母は仕事に出なくてはならず、ファニーをユニスに預けました。
この祖母ユニスはファニーの教育に深く関わり、特に聖書の言葉を心に刻むことを大切にした、と伝えられています。
当時のアメリカの文化では、家庭で聖書を読み、暗唱し、祈ることが生活の中心にある家庭が多かったのですが。
とくに「読み書き」「暗唱」は教育の基本スキルでもありましたが、視覚に頼りにくい子にとって、耳から入る言葉は学びの主戦場でした。
ファニーは驚くほどの記憶力を持ち、聖書を大量に暗記した、と伝えられています。
10歳頃から「週に何章」というペースで聖書の言葉を覚え、十代のうちに相当部分を身につけた、という逸話が残っています。
ここで大事なのは、暗記が“勉強の成果”だけではないことです。
目が見えない彼女にとって、聖書の言葉は――
になりました。
そしてもう一つ。
彼女が書く賛美歌が、教理の説明というより、体験的で感情に届く言葉が多い理由もここにあります。
視覚の代わりに、彼女は
で世界を“描いた”。
だから彼女の賛美は、理屈よりも先に「心に灯る」ことが多い。
これは、私たちへの大切な示唆でもあります。
情報が溢れ、心が散っていく時代だからこそ、神のことばが「頭をかすめる」だけで終わらず、心の中に住む必要がある。
そういう“内側の備え”を、ファニーは祖母ユニスを通して、与えられたのでした。


ファニー・クロスビー(Fanny Crosby, 1820–1915)は、19世紀アメリカの「福音賛美(ゴスペル・ソング)」の世界で、特別な存在でした。
盲目というハンディキャップを負いながら、数えきれないほどの歌詞を書き、多くの人の信仰を支え、慰め、立ち上がらせました。
でも彼女の人生は、単に「努力で成功した人」ではありません。
むしろ、制約がある人生のただ中で、神がどんな光をともされるのかを、私たちに見せてくれる物語です。
ここから、6つのトピックで彼女の生涯をたどりながら、そこに込められた信仰のメッセージも一緒に受け取ってみましょう。

— 暗闇から始まった物語
ファニーは生後間もない頃に視力を失った、と伝えられています。
医療が今ほど発達していなかった時代です。治療の過程で状態が悪化した、という話も残っています。
ここで想像してみてください。
19世紀のアメリカ。電気も今ほど普及していない。福祉制度も弱い。盲目の子どもは、教育や仕事の機会が限られがち。
つまり当時の感覚では、「目が見えない」というだけで、社会から“可能性を閉ざされる”ことが起こりやすい時代でした。
それでも、ファニーの人生が絶望の記録にならなかったのは、彼女の中に早くから次の確信が芽生えたからだと思います。
彼女には、盲目を嘆くのではなく、むしろ「これは神の導きの中にあった」と受け止める言葉が伝えられています。
「もし完璧な視力を明日与えると言われても、私は拒むでしょう。
この不自由こそが、私を神の仕事へと奉献させたのですから。」
この言葉が強いのは、現実が軽かったからではありません。
現実は厳しい。でもそこで彼女は、**“私は不運の被害者ではない。神の物語の中にいる”**という見方に立った。
私たちも、「なぜ自分だけ」「どうしてこの痛みが」と思う時があります。
その問いに、すぐ答えが出ないことも多い。
でもファニーは、答えが出ない時間を、“神に見捨てられた証拠”ではなく、神に導かれていくプロセスとして生きた人でした。


4. 「負の連鎖」を断ち切り、本当の自分を取り戻す
私たちはしばしば、自分では選んでいない「ラベル」を背負って生きています。親から受け継いだ価値観、無意識のうちに染み付いた**「口癖(くちぐせ)」、あるいは特定の状況で反射的に繰り返してしまう「歪んだ反応」**。人生は、自分が選んだものだけでできているわけではありません。望まぬままに受け取ってしまった傷や歪みが、人生を縛る「負の連鎖」となっていることがあります。古の記録に、姦淫の罪で捕らえられ、石打ちの刑に処されようとしていた女性が登場します。彼女は周囲から「罪人」というラベルを貼られ、存在そのものを否定されていました。しかしイエスは、彼女を闇の淵から救い出し、もう一度「光の中で生きる場所」へと引き戻しました。イエスは彼女に、単なる許し以上のもの――「神に愛される存在」という新しいアイデンティティ――を与えたのです。聖書が示す救いに根を下ろすとき、私たちは無意識に繰り返してきた負の連鎖を断ち切ることができます。もっとも偉大な存在である神に自分の根を繋ぎ直すことで、過去の歪みは癒やされ、私たちは本来の自分を取り戻すことができるのです。
5. 『創世記(ジェネシス)』を学ぶことは、人生の拠り所を再構築すること
聖書の最初の書物である「創世記」は、英語で Genesis(ジェネシス) と呼ばれます。これはギリシャ語に由来し、まさに**「起源」**を意味する言葉です。なぜ今、この古い物語に記された「起源」を学ぶ必要があるのでしょうか。それは単なる歴史的知識を得るためではありません。イエスが持っていたような「自分は何者か」という揺るぎない確信を、私たち自身が手に入れるためです。私たちが創世記を学び、自分自身の「始まり」を正しく理解することは、人生の拠り所を根本から再構築するプロセスに他なりません。それは、一時的な流行や他人の意見に飲み込まれることのない、深くて確かな人生の土台を獲得する道なのです。
あなたは今日、どこへ向かって歩き出しますか?私たちは、単に「親から生まれた」「この国で生まれた」という物理的な事実だけで説明できる存在ではありません。神によって目的を持って造られ、神の愛の中に生き、やがて神のもとへと帰っていく。この「起源」を知ることで、目の前の景色は一変します。周囲の言葉に振り回され、自分を否定し続ける日々から卒業し、あなたは誰よりも確かな土台の上に立つことができるようになります。今日、立ち止まって自分自身に問いかけてみてください。「あなたは、自分がどこから来て、どこへ行くのか、確信を持って答えることができますか?」
今、水曜祈り会では創世記を学び始めています。you tubuでも見ることができますよ。

3. イエス・キリストが持っていた「圧倒的な確信」の源泉
聖書に登場するイエス・キリストは、驚くほど揺るぎない確信に満ちていました。その公生涯において、多くの反対者に攻撃され、言葉の刃を浴びせられ、最後には十字架という理不尽な死に直面しても、その心には消えることのない喜びと平安がありました。イエスがなぜ、これほどまでに迷いがなかったのか。その力の源は、次の言葉に集約されています。「わたしは、自分がどこから来て、どこへ行くのか知っている」(ヨハネの福音書8章14節)イエスは、自分が「父なる神のもとから来て、神のもとへと帰る」という事実を完全に把握していました。自分は神の子であり、神のために生き、帰るべき場所が確かにある。この**「どこから来て、どこへ行くのか」**という圧倒的な確信があったからこそ、限られた人生の時間を何に使うべきか迷うことがなく、どれほど批判されても自分の価値を見失うことがなかったのです。
今、祈り会では創世記を学び始めています。創世記にはこの世界の起源が書かれています。あなたもご一緒に学びませんか。

今年度、2025年後、最後の婦人会聖書の学び会となります。
13:30〜15:00まで。じっくりと聖書を学びます。