連載「創世記をひらく」第3回 ―― 創世記1章1節「創造した」
「はじめに、神が、天と地を、創造した。」
この「創造した」という言葉は、聖書の中で、少し特別な使われ方をしています。原語(ヘブル語で「バーラー」)でこの動詞は、いつも神だけが主語になる。人が何かを「作る」ときには、別の言葉が使われます。神が世界を生み出すこの行為は、人間のものづくりとは、比べものにならない ―― そういう特別な一語なのです。
おもしろいのは、聖書が「何から」造ったかを、語らないことです。土からとも、火からとも言わない。語られているのは、ただ「誰が」造ったか。ある人は、その神を「偉大な芸術家」にたとえました。材料にも、道具にも、誰の指図にもよらず、ただご自身の思いのままに、自由に、世界を描き出した方。
そしてその芸術家は、細部の手を抜きませんでした。スペインのサグラダ・ファミリアを建てた職人たちは、見えない場所の彫刻一つにも妥協しないといいます。「神は、蔦の葉一枚さえ、手を抜いて造られないのだから」と。
その同じ手が、あなたを造ったのだ、と聖書は言います。
あなたの顔も、性格も、得意なことも、不得意なことも。自分では好きになれない部分さえ。神は、あなたを造るときに、手を抜かなかった。あなたは、たまたま生まれてしまった偶然の産物ではなく、心を込めて生み出された、一つの作品なのだ、と。
「神に、失敗作は一つもない。」
そして、もう一つ。この方は、あなたという作品を、もう完成したとは思っていません。むしろ、今も、造り続けておられる。「あなたのうちに良い働きを始められた方は、それを最後まで仕上げてくださる」と、聖書は約束します。
あなたは、偶然ではない。
そして、まだ、途中です。
このことを、次回はもう少し深く ―― 世界がなぜ、こんなにも壊れて見えるのか、という問いとともに、ご一緒に。
オンラインでも、いつでもご覧いただけます
礼拝の様子や過去の説教は YouTube で配信しています。教会の日常は Instagram でもお伝えしています。お気軽にフォロー・ご視聴ください。
▶ YouTube:岩槻福音自由教会 公式チャンネル
📷 Instagram:@iwatsuki_efc
岩槻福音自由教会
〒339-0067 さいたま市岩槻区西町3-5-27
☎ 048-758-6164
✉ iwatsuki.efc@gmail.com
🌐 https://iwatsukiefc.net

