連載「創世記をひらく」第1回 ―― 創世記1章1節「はじめに」
私たちは、いつも何かに寄りかかって生きています。
お金があれば、なんとかなる。家族がいれば、さびしくない。健康なら、まだ大丈夫 ―― 。そうやって、何かに体重をあずけて、私たちは日々を立っています。
けれど、ふと夜中に目が覚めて、説明のつかない不安に襲われることがあります。あの不安は、どこから来るのでしょうか。
ひとつには、こうかもしれません。私たちが寄りかかっているものは、どれも「いつか終わるもの」だからです。お金は失われ、健康は衰え、どんなに大切な人も、いつまでも隣にいてはくれません。足もとの地面でさえ、大きな地震が来れば、ひっくり返ってしまう。始まりがあり、やがて終わりがくる ―― この世界にあるものは、すべてそうです。揺れるものの上に立っていれば、心が揺れるのは、むしろ当たり前なのかもしれません。
聖書は、いちばん最初のページを、こんな一文で始めます。
「はじめに神が天と地を創造された。」
短い一文ですが、よく見ると、不思議なことが書かれています。世界の「始まり」が語られているのに、その世界を造った神には、始まりが書かれていない。聖書は、ありとあらゆるものの起源を語る本でありながら、ただ一つ、神の起源だけは語らないのです。始まりもなく、終わりもない。すべてのものよりも前に、ただ、おられた方。
もし、そういう方が本当におられるのなら ―― 。
それは、この世界でただ一つ、揺れない場所なのかもしれません。
この一文を知るとき、世界の見え方が、少し変わります。今、目の前にあるものが「すべて」ではなくなる。今かかえている悩みも、この時代の「当たり前」も、絶対のものではなくなる。それらよりも、もっと前に、もっと大きく、おられた方がいる。分厚い雲に覆われた空に、ひとすじの光が差し込むように。
あなたは今、何に寄りかかって、立っているでしょうか。
そして、それは、揺れない場所でしょうか。
その問いを入り口に、これから何回かに分けて、聖書のいちばん最初の言葉を、ご一緒にたどってみたいと思います。
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