連載「創世記をひらく」最終回 ―― 創世記1章4節「神は光と闇を分けられた」
光が生まれました。では、闇はどうなったのでしょう。消し去られた、と思いきや ―― そうではありませんでした。
「神は光を良しと見られた。神は光と闇を分けられた。神は光を昼と名づけ、闇を夜と名づけられた。夕があり、朝があった。」
ここで言う「分ける」とは、引き裂くことではありません。それぞれに、ふさわしい居場所を与えることです。
神は、闇を消されませんでした。それを「夜」と名づけ、ちゃんと居場所を与えられたのです。考えてみれば、夜がなければ、私たちは休むことができません。神は、闇にさえ、休息という役割を与えられました。―― ということは、あなたの中の、弱いところ、まだ整理のつかないところさえ、神は秩序の中に置いてくださる、ということです。
茫漠として何もなかった世界に、こうして一本の線が引かれ、リズムが生まれました。「夕があり、朝があった。」働く時、休む時、人と過ごす時。私たちはそのリズムの中で、生かされています。
けれど聖書は、もう一つの「分ける」を語ります。同じ言葉です。―― 私たち人間のほうが、自分の歩みによって、神との間に、見えない仕切りを作ってしまった。神と人とを引き裂く、負の「分ける」。世界がこんなにも壊れて見えるのは、ここから始まりました。
それでも、聖書は、そこで終わりませんでした。最後に、こう告げます。
「御父は、私たちを暗闇の力から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。」
第1日に「光、あれ」と語られた神が、その御子イエスにおいて、あなたの心の闇に、もう一度「光あれ」と語ってくださっている。そして、罪の闇とあなたとの間に、十字架という、決定的な境界線を立ててくださった。
今、あなたは、整理のつかない混乱を抱えているかもしれません。何をしても形にならない、茫漠の中にいるかもしれません。その混乱のただ中に、神は線を引き、居場所を与え、こう語ってくださいます。「あなたを、わたしのものとする」と。
もし、この続きを、誰かと静かに話してみたいと思われたら ―― 岩槻福音自由教会の戸は、いつでも開いています。日曜の礼拝にも、平日のバイブルカフェにも、どうぞ気軽にお越しください。茫漠とした地の上に、もうすでに動いておられた、あの神の霊が、今、あなたのところにも吹いています。
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