連載「友と呼ばれて」第3回 ―― ルカ19章5節「今日、あなたの家に」
木の上から、人混みの向こうのイエスを、ザアカイは見つめていました。ただ、遠くから一目見られれば。彼が望んでいたのは、その程度のことだったでしょう。
ところが、です。
「イエスはその場所に来ると、上を見上げて彼に言われた。『ザアカイ、急いで降りて来なさい。わたしは今日、あなたの家に泊まることにしているから。』」
群衆の中で、誰からも見下されていた人を、神の御子が、下から、見上げられた。これは、静かですが、世界がひっくり返るような場面です。
しかも、イエスは彼の名前を呼びました。「ザアカイ」。町の人は、彼を「取税人」「金持ち」という、立場や持ち物で見ていました。でもイエスは、そうは見ない。彼を、一人の人間として、いや、もう「友」として、名前で呼ばれたのです。
ここでイエスが言った「今日」という言葉も、ただの今日ではありません。聖書の中で、イエスが「今日」と言うのは、いつも特別な場面ばかりです。救い主の誕生の夜に。約束が成就した日に。十字架の上で、隣の罪人に「今日、あなたはわたしとともにパラダイスにいます」と語ったときに。―― 救いは、「いつか」ではないのです。「もう少し立派になったら」でも、「自分を整えてから」でもない。今日、なのです。
そして「泊まることにしているから」。この言葉は、原語では「~ねばならない」という、強い決意を表す言葉です。イエスがご自分の十字架を語るときに使うのと、同じ言葉。つまりイエスにとって、ザアカイの家へ行くことは、十字架と同じ重さをもった、揺るがない救いの計画だった、ということです。
ザアカイは、自分でイエスを見つけた、つもりでいました。でも、本当は違いました。ザアカイがイエスを見上げるよりも、ずっと前から――イエスの方が、ザアカイを、捜しておられたのです。
あなたが神を探すより先に、神があなたを探している。これが、福音の入り口です。では、見つけられたザアカイは、どう変わったのか。いよいよ最終回で。
※この連載「友と呼ばれて」は、岩槻福音自由教会が月に一度ひらいている礼拝「キリストの友」をもとにした伝道エッセイです。もとになった説教は、教会のYouTubeチャンネルでもご覧いただけます。次回の礼拝の日程は、教会ホームページの集会案内でご覧いただけます。はじめての方も、どうぞお気軽に。
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