連載「創世記をひらく」第2回 ―― 創世記1章1節「神が」
前回、聖書のいちばん最初の一文に、「始まりのない方」がおられることを見ました。今回は、その続きの一語に、立ち止まります。「はじめに、神が」。
私たちは、いつのまにか「自分の人生の主人公は、自分だ」と思って生きています。自分の力でここまで来た。自分の選択で道を切りひらいてきた。―― それは、ある意味では、本当のことです。
でも、その「自分が主人公」の物語は、けっこう、疲れるものではないでしょうか。
すべてを自分で背負わなければならない。失敗すれば、自分の責任。先が見えなければ、自分でなんとかするしかない。気づけば、肩に力が入りっぱなしで、夜になっても、緊張がほどけない。自分が物語の主人公だということは、自分がすべての重荷を負う、ということでもあるからです。
聖書は、ずっと昔から、静かに問いかけてきます。
「それは、あなたから始まったのだろうか」と。
この世界は、あなたから始まったのではない。あなたの人生さえ、あなたから始まったのではない。はじめに、神が、この世界を造り、そして、あなたをも造られた。―― もしそうなら、あなたは、物語の「主人公」ではなく、もっと大きな物語に「招かれた一人」なのかもしれません。
それは、自分が脇役に格下げされる、という話ではありません。むしろ逆です。重すぎる主役の荷を、いったん下ろしていい、ということです。すべてを自分で背負わなくていい。あなたより先におられた方が、その物語を、引き受けていてくださる。
肩の力を抜いて、こうつぶやいてみる。「はじめに、神が」。
すると、今日という一日が、自分の手柄でも、自分の責任だけでもない、贈られた一日として、見えてきます。
あなたは今、どれだけの重荷を、一人で背負っているでしょうか。
その荷を、少し下ろしてみたいと思われたら ―― 次回も、ご一緒に。
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