ちりと、いのちの息|創世記をひらく⑩

連載「創世記をひらく」第10回 ―― 創世記2章7節「いのちの息」

前回、人は「神のかたち」に造られた、という話をしました。けれど聖書は同時に、まったく逆に見える、もう一つの事実も語ります。

「神である主は、その大地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。それで人は生きるものとなった。」

人は、「ちり」から造られた、というのです。ちりとは、こわれやすく、限りある、土くれのこと。聖書は、人間の弱さを、隠しも飾りもしません。私たちは、弱い。傷つくし、間違えるし、つまずく。それを、人間らしさの一部として、ちゃんと認めています。

でも、それで終わりではありません。神は、その「ちり」に、ご自分の「いのちの息」を吹き込まれた。「息」という言葉は、もともと「霊」とも訳せる言葉です。つまり人は、ただの土くれでも、ただの生き物でもなく、神とつながって生きる、特別な存在として造られた、ということです。

ある人は、この場面を、こう描きました。神が、まるで口づけをするように、顔と顔を近づけて、ひとりの人に、愛といのちを吹き込まれた、と。―― それほど近く、それほど大切に。

ここに、人間の不思議があります。私たちは、弱い「ちり」でありながら、神の息を宿した、尊い存在。弱さと尊さが、同じ一人の中に、同居しているのです。

このことを忘れると、私たちは苦しくなります。「自分の価値は、自分で証明しなければ」「もっと役に立たなければ」。そうして、速すぎる社会の中で、終わりのない評価に応えようと走り続け、やがて疲れ果ててしまう。自分の弱さを、認められなくなる。

でも聖書は、まったく逆のことを言います。あなたは、初めから、価値がある。自分で自分の価値を、造り出さなくていい。―― あなたは「自分で生きている」のではなく、「生かされている」のだ、と。

その視点に立つとき、肩の荷が、ひとつ下ります。では、私たちはなぜ、これほど「価値を証明すること」に追い立てられるのでしょうか。次回、一冊の絵本とともに、ご一緒に。


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7月16日(木)はバイブルカフェです。

7月16日(木)は バイブルカフェ です。
コーヒーを片手に、聖書のメッセージを聞き、語り合うひとときです。はじめての方も大歓迎です。

日時:2026年7月16日(木)13時30分〜15時30分
会場:岩槻福音自由教会
担当:伊藤太郎牧師

バイブルカフェとは

毎月第3木曜日に開かれる、聖書をきっかけにした交わりの会です。
聖書ってどんな本なんだろう、教会の中身ってどんな感じなんだろう ―― そんな関心をもって、ご近所の方やお友だちもお誘いの上、お気軽にお越しください。

参加費は無料です。お茶・コーヒー・お菓子をご用意してお待ちしています。

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7月15日(水)は祈り会です。

7月15日(水)は祈り会です。
聖書をともに開き、ともに祈るひとときです。どなたでもお越しください。

日時:2026年7月15日(水)
 昼の部 10時30分〜
 夜の部 19時15分〜
聖書箇所:創世記 1章26〜31節
メッセージ:「神のかたちと食糧の委託」(第6日b)
担当:伊藤太郎牧師

祈り会について

水曜祈り会では、現在 創世記の連続講解 を行っています。天地創造の最初の一節から、聖書を一節ずつ丁寧に読み進め、そこから祈りへと続いていきます。

毎週同じ場所からの続きですが、その回ごとに完結したメッセージになっていますので、はじめて来られる方もご安心ください。聖書はこちらでご用意します。

今回のポイント

創世記1章は、6日間にわたる「整える神/満たす神」の働きを描いてきました。そしてその第6日の終わり、創造のすべてが一つの出来事に収束していきます。
「神は人をご自身のかたちに創造された」(1:27)――聖書が人間について語る、もっとも根本の一行です。

「神のかたち」とは、神に似た外見のことでも、特別な能力のことでもありません。それは、神のかわりに地を治め、被造物を慈しむ責任ある働きへと招かれている、という人間の 役割 を含んだ言葉です。

さらに神は、その人間に 食べ物 まで指し示して与えてくださいます(1:29-30)。支配者として立てられた人間自身も、被造物のひとつとして、神の手から日々の糧を受け取って生きる存在である――そう聖書は確かに描きます。

「神のかたち」を委ねられて生きるとは、私たちにとってどんな日常を意味するでしょうか。
そして「見よ、それは非常に良かった」(1:31)と神が見渡されたあの祝福の眼差しは、いま私たちにも届いているのです。ご一緒にこの章を読み終え、祈りの時を持ちたいと思います。

はじめての方へ

祈り会は1時間30分ほどです。聖書を声を合わせて読み、聖書から短いお話を聞き、参加者で祈りを分かち合います。
はじめての方は、お祈りを順番に求められることはありません。安心してご参加ください。

オンラインでも、いつでもご覧いただけます

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大人になると、友達は作りにくい|友と呼ばれて①

連載「友と呼ばれて」第1回 ―― 創世記2章18節「人がひとりでいるのは良くない」

「本当の友達」と聞いて、あなたは誰の顔を思い浮かべるでしょうか。

子どもの頃からの幼なじみかもしれません。苦しい時期を一緒に過ごしてくれた人かもしれません。―― けれど、こう感じる方も、少なくないのではないでしょうか。「大人になると、友達って、なかなか作りにくいな」。「気がつけば、本当の友と呼べる人が、いない気がする」。

仕事の付き合いはある。SNSのつながりもある。それでも、夜ふと、説明のつかない寂しさに包まれることがあります。

聖書は、私たち人間を、こんなふうに見ています。―― 人は、誰かとの「交わり」のために造られている、と。

聖書のいちばん最初のページで、世界を造った神は、ご自分のことを、不思議な呼び方で語ります。「さあ、人を、われわれのかたちとして……造ろう」。「われわれ」。神は、ご自分の内に、永遠の愛の交わりをもっておられる方だというのです。そして、その交わりの神が、ご自分に似せて、私たちを造られた。

だとすれば、私たちの存在のいちばん深いところには、初めから「つながりたい」という願いが、書き込まれていることになります。

おどろくことに、その創造の物語の中で、神が初めて「良くない」と口にした場面があります。何もかもを「良い」と見ておられた神が、ただ一つ、こう言われたのです。「人が、ひとりでいるのは良くない」。

ひとりぼっちは、ただ寂しいだけではない。私たちの設計そのものに、反している。―― 聖書は、そう言っているのです。

では、その「交わり」は、どこから来るのでしょうか。これから何回かに分けて、聖書が描く「友」を、ご一緒にたどってみたいと思います。とりわけ、友達の作り方が分からなかった、ある一人の嫌われ者の話から。次回、ご一緒に。

※この連載「友と呼ばれて」は、岩槻福音自由教会が月に一度ひらいている礼拝「キリストの友」をもとにした伝道エッセイです。もとになった説教は、教会のYouTubeチャンネルでもご覧いただけます。次回の礼拝の日程は、教会ホームページの集会案内でご覧いただけます。はじめての方も、どうぞお気軽に。


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7月12日(日)は「キリストの友」第3回礼拝です。

7月12日(日)の日曜礼拝は、月1回のシリーズ 「キリストの友」 の第3回です。
はじめての方も、お気軽にお越しください。

日時:2026年7月12日(日)10時30分〜11時45分
メッセージ:「顔と顔を合わせて ― モーセ、神の友として」
聖書箇所:出エジプト記 33章7〜11節
説教者:伊藤太郎牧師

「キリストの友」シリーズについて

2026年度に始まった月1回のテーマシリーズで、聖書全体を貫く 「神とのまじわり ― 友であること」 という主題を、毎回ちがう登場人物を通して見ていきます。
第1回ザアカイ(5月)、第2回アブラハム(6月)、そして今回はモーセです。シリーズは、最終的にはイエスご自身の 「わたしはあなたがたを友と呼んだ」(ヨハネ15:15)という言葉へとつながっていきます。

今回の聖書箇所について

出エジプト記33章は、金の子牛事件のすぐ後、神と民の関係がもっとも揺らいだ場面に置かれています。そのただ中で、聖書はモーセと神のあいだに不思議な天幕の場面を差し挟みます。

モーセは宿営の外に天幕を張り、そこに入ると雲の柱が降りてきました。
そしてこう記されます ――
「主は、人が自分の友と語るように、顔と顔を合わせてモーセに語られた」(33:11)。

民が神の顔を見て生きることはできない、と聖書は厳しく語ります。それでも神はモーセに対しては、「友と語るように」顔を合わせてくださった。
この一節は、聖書全体を通して「神との友情」が何を意味するかを、もっとも素朴に描いた箇所のひとつです。

友としてのまじわりは、礼儀正しい距離ではなく、何でも打ち明けられる近さです。
そして驚くべきことに、この「顔と顔を合わせる」関係は、モーセ一人だけの特権では終わりません。やがてイエスにおいて、すべての民に開かれていきます。
今週、その関係の根に置かれているものを、モーセの背中越しにご一緒に見つめたいと思います。

はじめての方へ

キリスト教や聖書について何も知らなくても大丈夫です。
聖書や讃美歌は、こちらでご用意します。服装も普段着で構いません。
礼拝は1時間ほどで、賛美(歌)・聖書朗読・説教・お祈りで構成されています。

教会学校(こども向けの集まり)は9時00分から、日曜礼拝は10時30分から始まります。
ご家族・お子さん連れでもお越しいただけます。

オンラインでも、いつでもご覧いただけます

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本当の自分を、探している|創世記をひらく⑨

連載「創世記をひらく」第9回 ―― 創世記1章26〜27節「神のかたち」

これまで、世界の始まり――揺れない方がおられること、闇の中にもう神が動いていたこと、光と秩序が与えられたこと――を、ご一緒に見てきました。今回からは、その世界に置かれた「あなた」へと、目を向けます。

私たちの心の奥には、生まれつき、ある渇きがあるように思います。「本当の自分を、探している」という感覚です。今の自分を、どこか受け入れきれない。「何かが違う」「もっとこうあるべきなのに」。心の中に、追いかけている誰かの姿がぼんやり見える気がして、近づこうとする。けれど、届かない。「自分探し」という言葉が、これほど広く使われるのも、そのためでしょう。

聖書は、世界の創造の、いちばん最後の場面で、人間が造られたことを語ります。

「さあ、人をわれわれのかたちとして、われわれの似姿に造ろう。」「神は人をご自身のかたちとして創造された。」

人は、「神のかたち」として造られた、と。古くから、人はこの言葉ゆえに「神の創造の冠」と呼ばれてきました。

「神のかたち」とは、姿かたちのことではありません。神は、目に見えない方ですから。それは、私たちの内側――理性、何かを生み出す創造する力、善悪を見分ける感覚、自分で選びとる自由、そして何より、誰かを愛する力。神がご自分に似せて、私たちに分け与えてくださった、目に見えない尊さのことです。

だとすれば、あの「自分探し」の渇き――追いかけても届かない理想の姿――は、いったい何なのでしょうか。

それは、ひょっとすると、私たちが「神のかたち」に造られたのに、その似せられた相手である神を、見失ってしまった、その空白なのかもしれません。自分が何に似せて造られたのかを忘れたまま、その姿だけを探し続けている。―― だとすれば、本当の自分にたどり着く道は、ひとつしかないことになります。

私たちが似せて造られた、その方を、知ること。

その方は、いったい、どんな方なのでしょうか。次回、ご一緒に。


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7月8日(水)は祈り会です。

7月8日(水)は祈り会です。
聖書をともに開き、ともに祈るひとときです。どなたでもお越しください。

日時:2026年7月8日(水)
 昼の部 10時30分〜
 夜の部 19時15分〜
聖書箇所:創世記 1章24〜25節
メッセージ:「種類ごとに生じよ」(第6日a)
担当:伊藤太郎牧師

祈り会について

水曜祈り会では、現在 創世記の連続講解 を行っています。天地創造の最初の一節から、聖書を一節ずつ丁寧に読み進め、そこから祈りへと続いていきます。

毎週同じ場所からの続きですが、その回ごとに完結したメッセージになっていますので、はじめて来られる方もご安心ください。聖書はこちらでご用意します。

今回のポイント

第六日、神は地に向かって命じられます。
「地は生き物をその種類にしたがって生じさせよ。」

そこに現れるのは、家畜、地を這うもの、野の獣 ―― 三つの大きな枠にわけられた地上の生き物たちです。
それぞれが 「その種類にしたがって」 生み出されていくこの繰り返しの中に、神様が世界の多様性そのものを喜びとしておられる姿が浮かびあがります。

私たちは、しばしば「みんな同じ」であることを安心と感じます。しかし神様が見ておられる世界は、最初から「種類にしたがって」豊かに分かれた、色とりどりの命の集まりでした。
違いを恐れるのではなく、神様のかたちに沿って、それぞれが「その種類にしたがって」生かされている恵みを、ともに味わいながら祈ります。

はじめての方へ

祈り会は1時間30分ほどです。聖書を声を合わせて読み、聖書から短いお話を聞き、参加者で祈りを分かち合います。
はじめての方は、お祈りを順番に求められることはありません。安心してご参加ください。

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その混乱に、居場所が与えられる|創世記をひらく⑧

連載「創世記をひらく」最終回 ―― 創世記1章4節「神は光と闇を分けられた」

光が生まれました。では、闇はどうなったのでしょう。消し去られた、と思いきや ―― そうではありませんでした。

「神は光を良しと見られた。神は光と闇を分けられた。神は光を昼と名づけ、闇を夜と名づけられた。夕があり、朝があった。」

ここで言う「分ける」とは、引き裂くことではありません。それぞれに、ふさわしい居場所を与えることです。

神は、闇を消されませんでした。それを「夜」と名づけ、ちゃんと居場所を与えられたのです。考えてみれば、夜がなければ、私たちは休むことができません。神は、闇にさえ、休息という役割を与えられました。―― ということは、あなたの中の、弱いところ、まだ整理のつかないところさえ、神は秩序の中に置いてくださる、ということです。

茫漠として何もなかった世界に、こうして一本の線が引かれ、リズムが生まれました。「夕があり、朝があった。」働く時、休む時、人と過ごす時。私たちはそのリズムの中で、生かされています。

けれど聖書は、もう一つの「分ける」を語ります。同じ言葉です。―― 私たち人間のほうが、自分の歩みによって、神との間に、見えない仕切りを作ってしまった。神と人とを引き裂く、負の「分ける」。世界がこんなにも壊れて見えるのは、ここから始まりました。

それでも、聖書は、そこで終わりませんでした。最後に、こう告げます。

「御父は、私たちを暗闇の力から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。」

第1日に「光、あれ」と語られた神が、その御子イエスにおいて、あなたの心の闇に、もう一度「光あれ」と語ってくださっている。そして、罪の闇とあなたとの間に、十字架という、決定的な境界線を立ててくださった。

今、あなたは、整理のつかない混乱を抱えているかもしれません。何をしても形にならない、茫漠の中にいるかもしれません。その混乱のただ中に、神は線を引き、居場所を与え、こう語ってくださいます。「あなたを、わたしのものとする」と。

もし、この続きを、誰かと静かに話してみたいと思われたら ―― 岩槻福音自由教会の戸は、いつでも開いています。日曜の礼拝にも、平日のバイブルカフェにも、どうぞ気軽にお越しください。茫漠とした地の上に、もうすでに動いておられた、あの神の霊が、今、あなたのところにも吹いています。


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7月5日(日)は日曜礼拝です。

7月5日(日)は日曜礼拝です。
はじめての方も、ひさしぶりの方も、どうぞお気軽にお越しください。

日時:2026年7月5日(日)10時30分〜11時45分
メッセージ:「わざわいなるかな、偽善者」
聖書箇所:マタイの福音書 23章13〜33節
説教者:伊藤太郎牧師

今回の聖書箇所について

マタイの福音書23章は、福音書全体のなかでもひときわ厳しい言葉が並ぶ章です。イエスはここで、当時の宗教指導者たちに向けて七つの「わざわいなるかな」を語られます。

意外に思われるかもしれません。やさしさと赦しを語られたイエスが、なぜこれほど強い言葉を発せられたのか。けれどよく読むと、この厳しさは突き放すための怒りではなく、本当に人を生かしたい方の嘆きから出ている厳しさであることが見えてきます。

外側だけ整えて、内側が伴っていない宗教 ―― それは指導者だけの問題ではありません。私たち自身の信仰の中にも、しばしばすべり込んでくる影です。
「人にどう見られるか」が「神の前にどうあるか」を覆い隠してしまうとき、信仰は次第に空洞になっていきます。

イエスの「わざわいなるかな」は、そんな私たちの内側へ向けて、もう一度「本当に大切なものは何か」を問い直す招きでもあります。厳しいことばの中に隠された、主の哀しみと愛をともに受け取りたいと思います。

はじめての方へ

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礼拝は1時間ほどで、賛美(歌)・聖書朗読・説教・お祈りで構成されています。

教会学校(こども向けの集まり)は9時00分から、日曜礼拝は10時30分から始まります。
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7月の集会予定

7月の岩槻福音自由教会の集会予定をお知らせします。
はじめての方も、ご家族・お友だちとお誘い合わせのうえ、お気軽にお越しください。

📅 7月の集会一覧

7月1日(水) 祈り会 10:30 / 19:15(創世記1:9-13「住まいを整える神」)
7月2日(木) 婦人バイブルクラス 13:30〜15:30(第3回 聖書の学び)
7月5日(日) 日曜礼拝 10:30〜(マタイ23:13-33「わざわいなるかな、偽善者」)
7月8日(水) 祈り会 10:30 / 19:15(創世記1:24-25「種類ごとに生じよ」)
7月12日(日) 日曜礼拝「キリストの友」第3回 10:30〜(出エジプト33:7-11「顔と顔を合わせて ― モーセ、神の友として」)
7月15日(水) 祈り会 10:30 / 19:15(創世記1:26-31「神のかたちと食糧の委託」)
7月16日(木) バイブルカフェ 13:30〜15:30
7月19日(日) 種まき礼拝 10:30〜(伝道者の書1:1-11「空の空 ― 朝になれば消える人生に意味はあるのか」)
7月22日(水) 祈り会 10:30 / 19:15(創世記2:1-3「神は完成し、休まれる方」)
7月26日(日) 日曜礼拝 10:30〜(マタイ23:34-24:2「ああ、エルサレム、エルサレム」)
7月29日(水) 証会(毎月最後の水曜祈り会) 10:30 / 19:15

各集会のご案内

日曜礼拝(毎週日曜 10:30〜11:45)
賛美・聖書朗読・説教・お祈りのひとときです。教会学校(こども向け)は9:00から始まります。

水曜祈り会(毎週水曜 10:30 / 19:15)
現在は創世記の連続講解を行っています。聖書を一節ずつ丁寧に読み、ともに祈ります。毎月最後の水曜は「証会(あかしかい)」として、信徒のあかしを分かち合うひとときとしています。

バイブルカフェ(毎月第3木曜 13:30〜15:30)
コーヒーを片手に、聖書のメッセージを聞き、語り合うひとときです。聖書をはじめて開く方も大歓迎です。

種まき礼拝(月1回・日曜礼拝)
キリスト教にはじめてふれる方を対象にした入門メッセージです。7月から新シリーズ「伝道者の書(コヘレト)」が始まります。「日の下のすべては空」――この古代の問いから、現代を生きる私たちの「人生に意味はあるのか」へとつなげていきます。

はじめての方へ

キリスト教や聖書について何もご存じなくて大丈夫です。
聖書や讃美歌はこちらでご用意します。服装も普段着で構いません。

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